監督写真グランドピアノ

このワイルドイケメンは、
映画『グランドピアノ  ~狙われた黒鍵~』エウヘニオ・ミラ監督です。
(映画公式サイトはこちら。レビューはこちらをご覧ください)

本当は、
「グランドピアノ」公開に合わせて
電話による代表インタビューが実現し、私もいくつか事前に質問を送りました。

私以外の人の質問も含め、さまざまなことを答えてくれた監督ですが、
その中で
「この作品はシネマというものに対する僕からのラブレター」
という部分について、書きたいと思います。

ダミアン・チャゼルのオリジナル脚本に惚れ込み、
できるだけ脚本に忠実に映画をつくろうとしたミラ監督。

緻密な準備によって実現した映画製作

「命を狙われながらピアノを弾き通さなきゃいけない、
心理的なスリラーの物語」が上手く観客に伝わるために、
信憑性を持たせなければいけない。
「リアルを体感してもらおうと作る、いうのがチャレンジだった」
と語るミラ監督。

最初から最後まで、本物のオーケストラが演奏したけれど、
ロケ場所はなんと、
バルセロナ、シカゴ、ラス・パルマス・デ・グランデの3か所!
一夜のコンサート会場を、
ステージ上と観客と外観と、といくつもに分けて撮って結合させたとは、
とても思えないスムースな映像です。

そのとき、彼のアタマにあったのは
往年のサスペンス映画の名監督たち。

「プリプロダクションで、
すべてのことを極め細やかにデザインしてから臨む
スタイルで行ったから、最初からゴールを明確にすることが大切だった。
責任ある映画作りと僕は言っているんだけどね。
脚本などの素材を責任持って映画にするという。
ヒッチコックやスピルバーグがそうだったように、
彼らの手にかかると元の素材を遥かに超える作品が作られていて、
本当に撮りたいものが撮れる、それが分かっている監督なんだ。
リドリー・スコットやマイケル・マンのように
素材をベースに編集などで更に何かを築きあげていくタイプもいて」

このグランドピアノに関しては、
撮影の前に編集をしようという姿勢で臨んだといいます。
撮影は8週間。
クレーンの動きからVFX、モーションコントロールをどうするかまで
すべてを入れ込んで撮影できる準備をしたそうです。
これが20年前のハリウッドだったら3~4か月必要な作品が、
現代の技術と緻密なプリプロダクションの準備があってこそできたことでした。

一番印象に残っているシーンは?
 
「エモーショナルな意味で言うと、
タブレットで“ラ・シンケッテ”を書き出す場面。
心理的に彼が犯人を上回るシーンだからね。
5年前のことがあって彼もあがってしまう、呼吸困難になってしまうんだよね。
犯人よりも一歩上手になったのに、舞台裏で舞台恐怖症に陥ってしまう
バランスが面白いんだよ」
ほかに、妻であるエマの友達に悲劇が襲いかかるシーンも
「サイレント映画の要素を含んでいてお気に入りだね」とのこと。

今までの名作をリスペクト市、かつてそれを見て感動した自分のように、
自分の映画にもこうした感動が受け継がれることを
希望して いる様子がうかがえます。

「音楽」 の要素にはこだわった

音楽家として、
キーとなる超絶技巧を凝らしたピアノ曲「ラ・シンケッテ」は、監督自身が作曲。

「作品の一部としてうまくハマるように、
そして(全体の音楽を作曲する)ビクター・レイエスが作業しやすいように、
楽曲も映画の中の出来事を支えてくれるようにしたんだ。
音楽で流れを作っているのもあるしね。
逆に音楽のない段階からセリフなどをデザインしなければならなくて、
シーンの抑揚やスピード感を測っていって、
ピアノソロからオーケストラといった流れで作っていったんだ。
先に撮ってから音楽を付け足したから、すごい複雑な作業だったんだよ」

「撮影の何か月も前に、まず音楽がどう物語を追うのか、
こういう風な楽曲が良いと地図を描いて、
ラフマニノフやチャイコフスキーの要素を持ってきて、僕がコラージュして。
その上にピアノの旋律を重ねてまとめて。
求めるダイナミックさやテンポが分かりやすいものを、
ビクターに渡して作ってもらった」
 
「ラ・シンケッテ」の作曲でこだわったのは、
「とにかくリアルに感じるようにすること」だったといいます。

「僕が何年も前に書いた曲だから、作曲という立場なんだけれど、
ラベルなどの低音なイメージで。
カタルシスを感じさせるような作りで、
最後の15小節は本当に演奏不可だよ(笑)。
スポーツだよね。
最初の1~2分は演奏できるけど、
トムが感情的に乗って行って誰にも止められない感じかな。
スナイパーの呼びかけにも応えないみたいな。
プロデューサーがその方向性を信頼してくれたのでラッキーだった」

映画監督になろうと思ったきっかけは?
 
「両親は陶芸家でヴァレンシアでアートを学んでいるときに出逢ったんだ。
いろんなアートに触れて、ピアノを3、4歳から始めた。
だから一つの言語として音楽が身に付いていたんだよ。
英語もそうなんだ。映画をたくさん観たら自然と話せるようになったんだよ。
“ジョーズ”とか“E.T.”とか“スター・ウォーズ”を観て育った僕は
80年代の産物だからね。
才能あふれる監督たちが本当にすごい作品を撮っていた時代だったね。
“バック・トゥ・ザ・フューチャー”なんて素晴らしい技を感じる作品で。
質の高い映画が世に送り出されていた時代だったから、
映画が好きになって監督を目指したんだ。
スピルバーグたちは映画に対するラブレターと呼べる作品を
たくさん作っていたんだよね。
そんな彼らに影響を及ぼしたのが名匠で、そこも興味深いよね。
テクノロジーの進歩も監督になったきっかけかもね。
それこそ今の若い子は簡単に編集をしてアップロードもできるからね。
僕らの頃のハンディカムやVHSのよりも
更に飛び込みやすくなったんじゃないかな?
僕が今19歳だったらまた違ったキャリアになってたんじゃないかな?
また監督は声を持っていなきゃいけないね。
コーエン兄弟やスピルバーグにはきちんと監督の声があるんだよね」

日本の映画について
 
「今村昌平が大好きで60、70年代の白黒映画にはすごい魅せられた。
資本主義へと移り変わる中での黒澤映画も面白いね。
スピルバーグやジョージ・ルーカスも大きな影響を受けているしね。
でも僕はまだ黒澤映画を観ていないんだ。
映画祭で20本観ても3本くらいしか面白くなかった時に、
僕にはまだ観ていない黒澤映画があるって思えるからね(笑)。
初めは気持ちをコントロールして、
静かなのに、突然感情を爆発するようなことで、
魅力的な表現に繋がるのが面白いよね」 

「映画は20世紀の真の表現」と言い切る監督。

「まだまだこれからも新しい表現ができると思う。
尺が映画の中でキャラクターの一生だったり、1日だったり、
自由自在に感じさせることができる。
まるでイリュージョンだね。そんなように人を驚かせていきたい。
そんな映画を撮っていけたら…」

スペイン出身の監督だが、
英語の作品に携わることには意志を持って臨んでいる。
「 元々全編英語の作品を撮りたかった。
アメリカンフィルムメーカーとして。
ポランスキーやバーホーベンが僕に近い存在だと思うけど、
アメリカのシネマは、概ねコスモポリタンなんだ。
80年代のような映画を撮れないにせよ、いつか撮りたいんだ。
スペインの作家たちも
僕らの世代から世界を意識している人たちが増えている気がする」

そんな監督がめざす、今後の作品は?
 
「もうイライジャと次の企画の話をしていて、
30年代のニューヨークのアドベンチャーなんだ。
お互い乗り気で、これ以上は言えないけど、実現するといいな。
自分の企画や制作をどんどんやっていきたいね。そのときは、
監督をするときとはまた違った表現法をしていきたいね。
“ゼロ・グラビティ”のようなデザイン性が求められるような。
僕の中ではミスティックホラーと呼んでいる“2001年宇宙の旅”みたいなね。
ジャンルを新しく開拓するような。
秘密結社やタイムトラベルを精神的な面から探るのにも興味がある。
文化人や作家本人に焦点を当てたりとか。
そして、他の人の映画作りも助けていけたらと思っているよ」

*配給:ショウゲート