「5万回斬られた男」が放つ「本物」のたたずまいに
「世界に通用する日本」の真価を見た

太秦
©ELEVEN ARTS / Tottemo Benri Theatre Company

 

監督:落合賢
脚本:大野裕之
配給:ティ・ジョイ
封切: 6月14日(土)T・ジョイ京都ほか先行上映
    7月12日(土)新宿バルト9他全国ロードショー
公式サイト: http://uzumasa-movie.com/

ストーリー●
香美山清一(福本清三)は、
京都・太秦の日映撮影所に所属する斬られ役一筋の大部屋俳優。
若い頃、主役の大俳優から
「斬られ方がうまいな」と声を掛けられたことを心の支えに、
これまで多くの時代劇に出演、
70歳を超えた今も日々精進を怠らない。

しかし世の中は移りゆく。
時代劇映画は激減し、
かつて「時代劇の定番」と言われたシリーズも打ちきりに。
代わりに撮影される若者向けの新時代劇はCGなどを多用するので、
昔ながらの正統派殺陣技術集団は行き場を失いつつあった。
斬られ役として一目置かれる存在の香美山も、
年齢を理由に仕出し(エキストラ)すら回って来ない毎日。
そんなある日、香美山のもとへ
女優を夢見る伊賀さつき(山本千尋)がやってくる。
 「殺陣を教えてください!」と迫るさつきに香美山は 
「どこかで誰かが見ていてくれる」と励ましながら
殺陣の基本から仕込んでいく。
やがてさつきが人気女優になった頃、
香美山は腕に異変を感じていた。
 
解説と見どころ●
主役の福本清三は、自然体の演技がいぶし銀。
さりげなく見せる上半身の筋肉とツヤには感服だ。

またもう一人、
御大・尾上清十郎役に扮し、
劇中劇の主役としてばったばったと敵を斬りまくる
松方弘樹の殺陣の鋭さには惚れ惚れする。

体を作り、長く厳しい鍛錬と経験だけが到達できる高み。
一日しては成らぬそれらの真価もわからぬ現代文化のお手軽さ。
平凡で無口な一人の日本人の生き様を通して
考えさせられることの多い映画である。

「5万回斬られた大部屋俳優がついに主役に!」
などというコピーを目にすると、
これは「苦労人には最後に花を持たせてやろう」的な、
仲間うちの卒業ビデオの臭いがして敬遠する人がいるかもしれない。

しかし、
この映画はそんなぬるま湯のような作品では断じてない。
「本物」の技術へのリスペクトもなく、
連綿と続いたものを何の考えもなしにゼロにして、
一体どれほどの「芸術」が生まれるというのだ、という
太秦映画人たちの誇りを賭けたプロテスト映画なのである。

と同時に、
ただ昔のままを続けていても、それらは滅びるだけなのだ
という醒めた視点も組み込まれている。

だから
「若者の登場に老人は消える」という
チャップリンの「ライムライト」の言葉は
それが提示された冒頭からずっと
観る者の内にあって意識せずにはいられない。


降りしきる桜の花びらに埋もれるがままのラストシーンは
まるで太秦葬送のレクイエムのごとく胸に迫った。

太秦への愛が溢れるこの作品は、
外国向けを意識した仕様で外国人クルーも多い。
本当の意味の国際化に伍する「日本の底力」とは何か、
これからの世界で日本がサバイバルするヒントが
見えてくるような気がする。