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カテゴリ: 恋愛

天才が繰り出す革新的ファッションの光と影

イヴ・サンローラン:メイン
© WY productions – SND – Cinéfrance 1888 – Herodiade - Umedia

 

監督:ジャリル・レスペール
脚本・脚色:マリー=ピエール・ユステ ジャリル・レスペール ジャック・フィエスキ
原作: ローレンス・ベナム著 『イヴ・サンローラン』
配給: KADOKAWA
封切: 9月6日(土)より角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネマライズ他全国公開
公式サイト: http://ysl-movie.jp/

ストーリー●
1957年、イヴ・サンローラン(ピエール・ニネ)は21歳という若さで、
故クリスチャン・ディオールの後継デザイナーに抜擢される。
期待にこたえ、華々しくデビューしたものの、
ナイーヴすぎるメンタルが禍して事件を起こし、解雇されてしまう。
これを契機として独立したサンローランは、
ディオールとはまったく異なるテイストで時代の寵児となる。

生活力ゼロでビジネスには疎く、
作品の産みの苦しみから酒や薬物に溺れるサンローラン。
彼を公私ともに支え、
ブランドとしての「イヴ・サンローラン」をゆるぎない地位に押し上げたのは、
ビジネスパートナーであり愛人でもあるピエール・ベルジェ(ギョーム・ガリエンヌ)だった。
しかし、蜜月はいつか終わるもの。
サンローランは別の男に惹かれていくのだった。

解説と見どころ●
まだアルジェリアがフランス植民地だったころ、
アルジェリアに入植したフランス人としてかの地に生まれ育ったサンローラン。
アルジェリア戦争の真っただ中に両親を置いてパリに来た罪悪感、
同性愛者であることによる両親や社会との軋轢、
そして天才にありがちな傲慢さ。
ブランド「イヴ・サンローラン」の明るいイメージとはかけ離れた
実録ものである。
とはいえ、
オートクチュールからプレタポルテまで、
次々と現れるモデルたちの装いには目を奪われる。
今回はピエール・ベルジェが全面協力したため、
博物館級の衣裳が惜しみなく提供されているのだ。
ファッション史をひもとくようにして、
20世紀のファッションの変遷を、心ゆくまで堪能していただきたい。

イヴ・サンローラン:サブ4
© WY productions – SND – Cinéfrance 1888 – Herodiade - Umedia
イヴ・サンローラン:サブ8
© WY productions – SND – Cinéfrance 1888 – Herodiade - Umedia
イヴ・サンローラン:サブ2
© WY productions – SND – Cinéfrance 1888 – Herodiade - Umedia
イヴ・サンローラン:サブ6
© WY productions – SND – Cinéfrance 1888 – Herodiade - Umedia
イヴ・サンローラン:サブ9
© WY productions – SND – Cinéfrance 1888 – Herodiade - Umedia

 「あなた好み」ならバーチャルでもかまわない!?
 ~絶対に譲れない「恋人の条件」とは?~

her

©Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
 

監督: スパイク・ジョーンズ
配給: アスミック・エース
封切: 6月28日(土) 新宿ピカデリーほか全国ロードショー
公式サイト: http://her.asmik-ace.co.jp/

ストーリー●
遠くない未来。LAで独り暮らしをするセオドアは「代書屋」を生業としている。
恋愛には臆病だ。幸せな結婚をしたはずなのに、妻とは別居・離婚協議中。
なぜ自分が嫌われるのかわからず、現実を受け止めきれない。
ある日セオドアは音声秘書サービスソフトを購入し、
自分のPCにインストールした。
女性の声を選択、「サマンサ」と名乗るその「声」は、
PC内の膨大なデータ蓄積からセオドアの人となりを理解し、
かゆいところに手が届く細やかさで彼の日常を完璧にサポート。
ちょっとした心の揺れにも気づき、人生相談にものってくれる。
そんなサマンサに、
セオドアは次第に「秘書」以上の感情を抱くようになる。
そしてサマンサもまた・・・。

解説と見どころ●
実体は「声」だけというバーチャルなサマンサ。
でも
目を閉じて「声」と話をすれば、
リアルな恋人と電話をしているのとどこが違うというのだ?

存在するのは「心通じ合う、僕とサマンサ」。
向こう側の相手が人間でも機械でも、
チャットでは自分の目の前には入力された文字が次々と並ぶだけ。
文字を交換しながらときめき、満たされていくのは同じだ。

そしてこの胸の高鳴りは、
たしかに自分の身体の中で起こっていることなのだから、
もう「バーチャル」とは言わせない!

気持ちが通じ合い、お互いを必要としているのなら、
たとえ相手が「機械」であっても、
そこに「愛」は確かにあるのではないか?

この映画を通じて私たちは
「恋愛とは何ぞや?」を哲学する。
「恋したら、私たちは相手に何を求めるのか」
「相手は私に何を求めてくるのか」
「絶対に譲れないものは何か」
恋愛の本質を突き詰めていけば、
おのずと自分の「価値観」が見えてくるはずだ。

「恋愛」といえば「男と女」それも同じ階級や民族の中で、
・・・と決まっていた社会はすでに遠い。
人種も階級も、民族も国境も性別も超え、人類は恋を成就してきた。
ときに「人類と宇宙人」であっても。
いわんや、「人類と機械」をや。

セオドアは、サマンサと「価値観」を共有できるだろうか。
やさしく、楽しく、やがてせつない哲学だ。

キーワードはさしずめ「文化の違い」。
自分の「当たり前」と相手の「当たり前」が異なることを知って
大いなる「カンチガイ」にはたと気づかされるのは
相手が機械であっても人間であっても同じだと思った。


セオドアの「代書屋」という職業にも注目したい。
彼はクライアントの要求に従い、
彼らの家族の誕生日や記念日にメッセージを「代書」する。
本来「親と子」「夫と妻」など1対1の関係である領域に踏み込みながら
何の疑問もはさまず他人になりすまして「親書」を書き続けるセオドアの行動が
この物語の大きな伏線になっている。

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